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邪馬台国(57)

 投稿者:解法者  投稿日:2011年 4月10日(日)14時51分18秒
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  「邪馬台国」は『三国志』魏志倭人伝にもあるとおり「交易」による富で国家を支えていた。古代国家は農地を確保するよりも交易品を確保することで成り立ち、その交易路を押さえた者が権力を掌握したのである(武光誠-前掲書 273頁)。「卑弥呼」がたびたび「魏」に遣使したのは「魏」からの文物の授受とこの交易路の確保を「魏」に認めてもらうためであろうことは『三国志』魏志倭人伝の記事から容易に想像がつく。『三国志』魏志倭人伝に「卑弥呼が狗奴国の男王と仲が悪く戦争状態になっているので「魏」に救援を求めている」との記事が見える。これなども交易を巡る紛争であろう。それより以前の時代の「倭奴国」も「邪馬台国」と並んで「倭」の中の大国であり「魏」に朝貢して交易権を確保していたが、「邪馬台国」に「倭国大乱」(180年ころ)で敗れ去った。中国との交易を巡る争いに敗れたのである。これについては「倭奴国」の背後に控えた「邪馬台国」が水稲技術の発達により巨大な農業国となって力をつけ「倭奴国」を圧迫し、ついには「邪馬台国」により滅ぼされたとする考え(『日本古代の国家形成』水野 祐 講談社〔講談社現代新書〕1967年10月16日 75頁、奥野正男-前掲書 139頁)があるが、従えない。当時でも農業よりも交易の方が国家に莫大な富をもたらしたからである。「水野 祐」は「邪馬台国」は「狗奴国」により滅ばされて歴史上から消え去ってしまったと言うが(前傾書 88頁)、その可能性も『三国志』魏志倭人伝の両国の抗争の記事から捨てがたい。  
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